朱喜哲さん×三宅香帆さんスペシャルトーク(1)本と読書の意味 3
哲学を学ぶ意味
三宅 香帆さん(以下三宅):朱さんが「哲学」という分野に向かわれたのは、何かそういう内在的に理解する方法みたいなものがあったんですか?
朱 喜哲さん(以下朱):僕自身は物語よりも、どちらかといえばその人の思想とか、哲学みたいな話から「外にも人がいるんだ」ということを学んだ感じがするんですよね。
今回の選書のなかにマルグリット・ユルスナールの『ハドリアヌス帝の回想』という本を挙げているんですけれども、ハドリアヌスは古代ローマの五賢帝の一人です。マルクス・アウレリウス・アントニヌス、哲学帝として知られる皇帝の祖父にあたる人です。
ハドリアヌスって通俗的には五賢帝の中で一番享楽に溺れていた、華やかな時期の皇帝だというふうに言われるんですが、そのハドリアヌスが自分の死期を悟って、次期次期皇帝に決まっている孫に向けて書き残した遺書というか、メッセージみたいな体裁のフィクションなんです。
三宅:だから回想なんですね。
朱:老いたハドリアヌス帝が自分の人生を回顧する、それを孫に向けて語る、という構成なんですけれど、希代の作家ユルスナールが、何十年もかけて手入れし続けて書いただけあって、本当にそうとしか思えないんですよ。ハドリアヌスという人の肉声がそこにあるとしか思えないんです。そんなことが活字にはできるんだって思いますし、これもやはり一種の哲学書なんですよね。
本書の宛先であるのちのマルクス・アウレリウス帝は、ストア派の哲学者としても知られているわけです。ストア派というのはいわゆる「ストイック」の語源ですから、やはり禁欲的に節制をして…というような傾向が幼少期からあったようなんですね。そんな孫に対して、「いや、マルクスよ、そんな頑なにならなくていいんだよ、人生は楽しいこともいっぱいあるんだよ、それを知ることが大事なんだよ」ということを、自分の失敗談とか、恋愛遍歴とかを語りながら伝えるんですけれど……。
酸いも甘いも知っている老いた皇帝が、生涯を終えようするときに伝えるのが、人生を「味わう」ことの大切さなんですね。人生は、いろいろなものをどう味わうかなんだよ、っていう。
いま老いた自分はもう体力がないから、夜は2時間ぐらいしか寝てないんだけど、この2時間の甘美な眠りがあるから、次の日もやっていけるんだと。そういう人生の味わい方みたいなことを内側から語って見せるんですね。
文章にはこんなことができるんだ!って思ったし、それは、僕は哲学書についてもそういうところがあって、その人の思想って、その人の人生と切り離せないところがあるので、哲学書としてお見せしたら面白い面があると思うから書いているのかもしれません。
三宅:なるほど。「味わう」のがすごい大事だということ、わかります。私、実は11月に『考察する若者たち』という本を出すんですけど、平成と令和を対比して若者論を書くという本なんです。そこで一番に考えたのが、「味わう」ということが今一番難しいんじゃないかということなんですね。
朱:すぐ正解を探してしまうんですよね。
三宅:そうなんです。例えば物語を見ても、謎解きみたいに見えちゃうとか。あと、例えば昔だったらアイドルのライブへ行って、ライブに行ったこと自体が楽しい、ライブを味わって嬉しい、楽しい、だけだったのが、今だともうちょっとそれに加えて、例えば応援したアイドルが大成するとか。みんなが少し報われる要素を求めてしまう。
ドラマを見ても、謎解きの正解があるかどうかを求めてしまう、あるいは物語を読んでいても、その物語を楽しむ味わい方だけではなくて、何か副次的に結果が現れると嬉しい…。
結果を求めてしまったり、どこかコスパやタイパみたいなものを気にしてしまう時代。そのなかで、楽しい、嬉しいということを純粋に「味わう」ということが今とても難しくなっている。
「結局それが何になるんだろう」みたいなことを、みんな忙しい中で考えちゃう、ということがある気がしています。
私もよくやるんですけれども、「きれいだな」、「美しいな」と思うものをインスタに写真とかあげちゃうじゃないですか。
そうすると、例えば美術館の撮影可能ブースで写真を撮るときも、本当は対象をちゃんと見て味わった方がいい気がするんですけど、どこか写真を撮るのに夢中になってしまって。それって本当に味わっていないような気がしているんですよ。
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◆プロフィール 朱 喜哲(ちゅ・ひちょる) 哲学者。1985年大阪府生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。大阪大学社会技術共創研究センター招へい准教授ほか。専門はプラグマティズム言語哲学とその思想史。著書に『人類の会話のための哲学』(よはく舎)、『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす』(太郎次郎社エディタス)、『バザールとクラブ』(よはく舎)、『100分de名著 ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』』(NHK出版)。共著に『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(さくら舎)、『世界最先端の研究が教える すごい哲学』『在野研究ビギナーズ』、『信頼を考える』(勁草書房)など。共訳に『プラグマティズムはどこから来て、どこへ行くのか』(ブランダム著、勁草書房)などがある。 三宅 香帆(みやけ・かほ) 文芸評論家。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士前期課程修了。京都市立芸術大学非常勤講師。天狼院書店京都支店長、リクルート社を経て独立。小説や古典文学やエンタメなど幅広い分野で、批評や解説を手がける。著書『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書。新書大書2025受賞作)『娘が母を殺すには?』(PLANETS)等多数。 |












